2008年 09月 23日
再びエル・マドリガルへ。 |
日が落ちてすっかり暗くなったビジャレアルの街はずれ。私はリュックを背負ったまま途方に暮れて幹線道路脇の舗道にひとり佇んでいた。
オスタル・コルテスを再訪し、張り紙に書かれていた7時になってもなかなか戻ってこない宿主を痺れを切らしながら待ち、やっと鍵を持って帰ってきたところを捉まえて空き部屋を訊いたのだが、ちょっと待って、確認してくるよと建物の中に消えた彼はしばらくして姿を見せると残念だけど、とかぶりを振った。
仕方無く宿主にまた別のオスタルを教えてもらい、探し歩く。途中スーパーで買い物するおばちゃん達やら子供を連れた若奥さんやらに尋ね々々やっとの想いで辿り着いた其処もやはり満室…嗚呼。
既に時刻は夜の7時半を廻っている。ビジャレアルの街中を東から西へ。北から南へ。散々歩いて疲弊した足が痛む。市街を囲む環状の通りを街灯がぼんやり照らす。車が猛スピードで現れては目の前を走り去ってゆく。
すぐに宿が見つかるだろう、なんて考えが甘かった…。遠くロシアから乗り込んで来たサポーター軍団にこの小さな街の宿という宿はすでに“制圧”されていたのだ。隣り街の県都=カステリョンまで行って探せば空き部屋は見つかることだろう、多分。しかしそれからエル・マドリガルへ向かうとなると、とても試合開始には間に合いそうにない。どうする?
一人旅をしている間には、一度や二度はこんな風に、おのれの愚かさを嘆きたくなるような状況に陥る。認識不足に経験不足…ほんまにアホやな、俺は…と、ヘコむ。しかしどんなに念入りに準備したとしても、気ままな個人旅行がすんなり予定通りに進むなんて事はまずあり得ない。むしろ想定外のハプニングが起きるのが当たり前だろう。辛い事もあれば、嬉しい事もある。だからこそ旅は面白い。…悔いる気持ちをひとまず脇に置き、次善の策を考えてみる。
やっぱりリネカー君が教えてくれたビジャレアル・パレスへ行ってみよう。EURO高の今日この頃、しかも飲食についつい出費がかさむ今回の旅、宿泊費を安く抑えたいのは山々だが、この際背に腹は代えられない。なんぼ高いゆうても3万も4万も取られへんやろ…。そこで駄目だったら…悔しいが宿泊場所の確保が最優先だ。その時はビジャレアルを離れるしかないか…。
今いる地点からホテルまでは多分そんなに遠くない筈だ。私の頭の中のナビがそう認識しているのだから間違いない(筈)。今度はガソリンスタンドの兄ちゃんに確認してみる。やはりそうだった。目の前の環状道路に沿って少し歩けばあるよ、と。
道路の向こう側は郊外の工業地区。辺りに人の気配は全く無いが、街灯が比較的明るいし、物騒な空気は感じない。しばらく行くと通りがバレンシア方面とカステリョン方面に分かれる処に出た。ロータリー式の交差点に面した大きな建物が闇の中に浮かび上がった。それがビジャレアル・パレスだった。
Hotel Vila-Real Palace。さすがに部屋数は多そうだ。…まさか満室という事は無いだろう。回転扉をくぐるとすぐにこぎれいなフロントがあった。ロビーには案の定ロシア人たちが大勢たむろしている。眼鏡をかけた長身の若いフロントマンが応対してくれる。…なんかリアム・ギャラガーにそっくりだ。
ところがあのOASISの傍若無人?なフロントマンとは正反対。物腰が柔らかく、声もか細い感じなのだ。リネカー君といい、英国顔の優男が多い土地柄なのだろうか…(厳密に言うと、リアム・ギャラガーはアイリッシュ系ではあるが)。“お部屋はどうなさいますか、セニョール?”
訊いてみると英語が通じる。有難い。ほんの初級程度の西語を使うよりは断然話が早い。もはや8時が近い。試合開始は8時45分。とにかく急がなならんのだ。嬉しい事に別館というか、エコノミークラスのホテルがこの本館の裏手にあるという。そっちの部屋にする。シングル部屋は無いのでツインに。チェックインを済ませ、カードキーを手にして足早にホテルの裏に廻る。“Azul Hotel”との看板がある。2ツ星。無人のフロントを素通りしてエレベーターで3階の部屋へ。やっと重い荷を降ろせた。が、散々歩き廻ったせいで汗だくだ。手早くシャワーを浴びる。シャツを着替えた後貴重品を仕舞っておこうとしたら部屋に金庫が無い。大丈夫とは思うが念のためフロントに渡しておこう…。デジカメや財布を服の内ポケットに収め、パスポートや航空券を入れた薄手のケースを預けるべく再びフロントへ向かう。既にエル・マドリガルへ向けホテルを出発したのだろう、ロシア人たちの姿はない。
“TAXIを呼んでもらえるかな。それと部屋にはセーフティBOXが無いよね?”“はいございません。”“フロントでこのケースを預かってほしいんだけど。パスポートとか大事な物を入れてるんだ。”“かしこまりました、セニョール。”
私が手渡した貴重品ケースをリアム君、どうしたかというと、ごそごそ引き出しを開けておもむろにホテルの小さな封筒を2枚取り出し、びりびりと破って広げると、セロテープを使って張り合わせ始めた(!?)。手つきがいかにも鈍くて不器用そうだ。その封筒を繋げたものに私のケースを包むと、上から厳重にテープを張り巡らしている。まるでテープでユニオンジャックを描くかの様に…。大判の封筒なんてものは無いのか。私は彼の仕草に笑いがこみ上げて来るのと同時に、潡々とイライラが突き上げるのを感じた。
と、その時、フロントの電話が音を立てる。受話器を取るリアム君。おまけに間が悪い事に新規のチェックイン客がやって来る。生憎フロントにはリアム1人のみ。電話が長い。話が終わり新規の受付が済むのを、私は焦りを募らせながらひたすら待った。再び貴重品ケースを包んだ封筒を手にしたリアムは、預かり品のシールを張って私の名前と部屋番を記入し、最後に封筒の表に“PASSPORT”と書き添え、フロントの引き出しの中に丁重にしまうと、ようやく重要任務から解放されたみたいに“では、お預かりしておきます。”と言って微笑んだ。もうひとつの用件の事はすっかり忘れて。間髪入れず私は怒気を含んだ声でもう一度言った。“TAXIを呼んでほしいんだけど!”
極限に達したイライラで、私の表情は相当険しくなっていたに違いない。
“S…Si、セニョール!”慌てて電話するリアム…。
時刻はもうとっくに8時を過ぎている。TAXIが来るまでの時間がまた永く感じられた。5分間ほど待ったのだろうか。急いで乗込むとTAXIの運転手に行き先を告げた。“エル・マドリガルまで。”さっき歩いて来た環状道路を戻りながら車は走って行く。信号で止まる度に気が焦る。運転手は英語を解した。ビジャレアルはいいチームだね…いや〜今3位にいるんだよ、などと言葉を交わした記憶があるが殆ど覚えていない…。
やっとcampoカンポの前まで戻って来れた。…えらく遠回りしたものだ。車を降りると、昼間あれほど閑散としていたスタジアム周辺がやたら騒々しく、かなりの混雑振りだ。一体小さな街のどこからこれだけの人と熱気が溢れて来るのだろう。だが、そんな事より早くチケットを入手しなければ。まだ当日券は残っているだろうか?
人混みを掻き分けてチケット売り場の窓口へ急ぐ。目の前で大柄なロシア人が当日券を買っている。終わった。私の番だ。周囲から押されて、窓口を仕切るガラスに額をくっつける様にして大声でチケットを買い求める。そうしないとうるさくて聴こえないのだ。バックスタンド、70EURO。そこの席しかもう無い、と係の女性から告げられる。予想以上に高い。だが値切るわけにもいかない(笑)。悪くはない場所だろう。クレジットカードを仕切りガラスの下の隙間から差し出すと、今度はパスポートを、と言われたので持っていたカラーコピーを見せる。名義と顔写真を確認した彼女は、ニコッと笑みを浮かべると、“Enjoy the game.”と言って私にプラチナ・チケット(!)を手渡した。ゲーム開始10分前。
なんとか間に合った…安堵してホッと息をついたその時、何処からか、マーチのようなドラムの合奏が、街中に轟きながら次第に大きく、こっちへ近づいて来るのに気がついた。
お揃いの黄色のキャップを被ったドラム隊の行進が目の前を通って行く。近所迷惑なんのその、もの凄い音響だ。ゲーム開始直前。いやがおうにも気持がたかぶって来る。彼らが叩き出す勇ましいドラムの響きに煽られながら、私もゲートへと向かう。
campoカンポの中に入り込んだ楽隊は、そこでしばらく全員が集まるのを待つと、一際大きくドラムを打ち鳴らして気勢を上げた。UEFA CUP決勝トーナメント1回戦2ndレグ。Villarreal対Zenitの一戦が、今まさに始まる。
<続く>
※お詫び
本文中に私の買ったチケットがバックスタンド側と書いておりますが、どうやらメインスタンド側だったようです。ここに訂正しておきます。
オスタル・コルテスを再訪し、張り紙に書かれていた7時になってもなかなか戻ってこない宿主を痺れを切らしながら待ち、やっと鍵を持って帰ってきたところを捉まえて空き部屋を訊いたのだが、ちょっと待って、確認してくるよと建物の中に消えた彼はしばらくして姿を見せると残念だけど、とかぶりを振った。
仕方無く宿主にまた別のオスタルを教えてもらい、探し歩く。途中スーパーで買い物するおばちゃん達やら子供を連れた若奥さんやらに尋ね々々やっとの想いで辿り着いた其処もやはり満室…嗚呼。
既に時刻は夜の7時半を廻っている。ビジャレアルの街中を東から西へ。北から南へ。散々歩いて疲弊した足が痛む。市街を囲む環状の通りを街灯がぼんやり照らす。車が猛スピードで現れては目の前を走り去ってゆく。
すぐに宿が見つかるだろう、なんて考えが甘かった…。遠くロシアから乗り込んで来たサポーター軍団にこの小さな街の宿という宿はすでに“制圧”されていたのだ。隣り街の県都=カステリョンまで行って探せば空き部屋は見つかることだろう、多分。しかしそれからエル・マドリガルへ向かうとなると、とても試合開始には間に合いそうにない。どうする?
一人旅をしている間には、一度や二度はこんな風に、おのれの愚かさを嘆きたくなるような状況に陥る。認識不足に経験不足…ほんまにアホやな、俺は…と、ヘコむ。しかしどんなに念入りに準備したとしても、気ままな個人旅行がすんなり予定通りに進むなんて事はまずあり得ない。むしろ想定外のハプニングが起きるのが当たり前だろう。辛い事もあれば、嬉しい事もある。だからこそ旅は面白い。…悔いる気持ちをひとまず脇に置き、次善の策を考えてみる。
やっぱりリネカー君が教えてくれたビジャレアル・パレスへ行ってみよう。EURO高の今日この頃、しかも飲食についつい出費がかさむ今回の旅、宿泊費を安く抑えたいのは山々だが、この際背に腹は代えられない。なんぼ高いゆうても3万も4万も取られへんやろ…。そこで駄目だったら…悔しいが宿泊場所の確保が最優先だ。その時はビジャレアルを離れるしかないか…。
今いる地点からホテルまでは多分そんなに遠くない筈だ。私の頭の中のナビがそう認識しているのだから間違いない(筈)。今度はガソリンスタンドの兄ちゃんに確認してみる。やはりそうだった。目の前の環状道路に沿って少し歩けばあるよ、と。
道路の向こう側は郊外の工業地区。辺りに人の気配は全く無いが、街灯が比較的明るいし、物騒な空気は感じない。しばらく行くと通りがバレンシア方面とカステリョン方面に分かれる処に出た。ロータリー式の交差点に面した大きな建物が闇の中に浮かび上がった。それがビジャレアル・パレスだった。
Hotel Vila-Real Palace。さすがに部屋数は多そうだ。…まさか満室という事は無いだろう。回転扉をくぐるとすぐにこぎれいなフロントがあった。ロビーには案の定ロシア人たちが大勢たむろしている。眼鏡をかけた長身の若いフロントマンが応対してくれる。…なんかリアム・ギャラガーにそっくりだ。
ところがあのOASISの傍若無人?なフロントマンとは正反対。物腰が柔らかく、声もか細い感じなのだ。リネカー君といい、英国顔の優男が多い土地柄なのだろうか…(厳密に言うと、リアム・ギャラガーはアイリッシュ系ではあるが)。“お部屋はどうなさいますか、セニョール?”
訊いてみると英語が通じる。有難い。ほんの初級程度の西語を使うよりは断然話が早い。もはや8時が近い。試合開始は8時45分。とにかく急がなならんのだ。嬉しい事に別館というか、エコノミークラスのホテルがこの本館の裏手にあるという。そっちの部屋にする。シングル部屋は無いのでツインに。チェックインを済ませ、カードキーを手にして足早にホテルの裏に廻る。“Azul Hotel”との看板がある。2ツ星。無人のフロントを素通りしてエレベーターで3階の部屋へ。やっと重い荷を降ろせた。が、散々歩き廻ったせいで汗だくだ。手早くシャワーを浴びる。シャツを着替えた後貴重品を仕舞っておこうとしたら部屋に金庫が無い。大丈夫とは思うが念のためフロントに渡しておこう…。デジカメや財布を服の内ポケットに収め、パスポートや航空券を入れた薄手のケースを預けるべく再びフロントへ向かう。既にエル・マドリガルへ向けホテルを出発したのだろう、ロシア人たちの姿はない。
“TAXIを呼んでもらえるかな。それと部屋にはセーフティBOXが無いよね?”“はいございません。”“フロントでこのケースを預かってほしいんだけど。パスポートとか大事な物を入れてるんだ。”“かしこまりました、セニョール。”
私が手渡した貴重品ケースをリアム君、どうしたかというと、ごそごそ引き出しを開けておもむろにホテルの小さな封筒を2枚取り出し、びりびりと破って広げると、セロテープを使って張り合わせ始めた(!?)。手つきがいかにも鈍くて不器用そうだ。その封筒を繋げたものに私のケースを包むと、上から厳重にテープを張り巡らしている。まるでテープでユニオンジャックを描くかの様に…。大判の封筒なんてものは無いのか。私は彼の仕草に笑いがこみ上げて来るのと同時に、潡々とイライラが突き上げるのを感じた。
と、その時、フロントの電話が音を立てる。受話器を取るリアム君。おまけに間が悪い事に新規のチェックイン客がやって来る。生憎フロントにはリアム1人のみ。電話が長い。話が終わり新規の受付が済むのを、私は焦りを募らせながらひたすら待った。再び貴重品ケースを包んだ封筒を手にしたリアムは、預かり品のシールを張って私の名前と部屋番を記入し、最後に封筒の表に“PASSPORT”と書き添え、フロントの引き出しの中に丁重にしまうと、ようやく重要任務から解放されたみたいに“では、お預かりしておきます。”と言って微笑んだ。もうひとつの用件の事はすっかり忘れて。間髪入れず私は怒気を含んだ声でもう一度言った。“TAXIを呼んでほしいんだけど!”
極限に達したイライラで、私の表情は相当険しくなっていたに違いない。
“S…Si、セニョール!”慌てて電話するリアム…。
時刻はもうとっくに8時を過ぎている。TAXIが来るまでの時間がまた永く感じられた。5分間ほど待ったのだろうか。急いで乗込むとTAXIの運転手に行き先を告げた。“エル・マドリガルまで。”さっき歩いて来た環状道路を戻りながら車は走って行く。信号で止まる度に気が焦る。運転手は英語を解した。ビジャレアルはいいチームだね…いや〜今3位にいるんだよ、などと言葉を交わした記憶があるが殆ど覚えていない…。
やっとcampoカンポの前まで戻って来れた。…えらく遠回りしたものだ。車を降りると、昼間あれほど閑散としていたスタジアム周辺がやたら騒々しく、かなりの混雑振りだ。一体小さな街のどこからこれだけの人と熱気が溢れて来るのだろう。だが、そんな事より早くチケットを入手しなければ。まだ当日券は残っているだろうか?
人混みを掻き分けてチケット売り場の窓口へ急ぐ。目の前で大柄なロシア人が当日券を買っている。終わった。私の番だ。周囲から押されて、窓口を仕切るガラスに額をくっつける様にして大声でチケットを買い求める。そうしないとうるさくて聴こえないのだ。バックスタンド、70EURO。そこの席しかもう無い、と係の女性から告げられる。予想以上に高い。だが値切るわけにもいかない(笑)。悪くはない場所だろう。クレジットカードを仕切りガラスの下の隙間から差し出すと、今度はパスポートを、と言われたので持っていたカラーコピーを見せる。名義と顔写真を確認した彼女は、ニコッと笑みを浮かべると、“Enjoy the game.”と言って私にプラチナ・チケット(!)を手渡した。ゲーム開始10分前。
なんとか間に合った…安堵してホッと息をついたその時、何処からか、マーチのようなドラムの合奏が、街中に轟きながら次第に大きく、こっちへ近づいて来るのに気がついた。
お揃いの黄色のキャップを被ったドラム隊の行進が目の前を通って行く。近所迷惑なんのその、もの凄い音響だ。ゲーム開始直前。いやがおうにも気持がたかぶって来る。彼らが叩き出す勇ましいドラムの響きに煽られながら、私もゲートへと向かう。
campoカンポの中に入り込んだ楽隊は、そこでしばらく全員が集まるのを待つと、一際大きくドラムを打ち鳴らして気勢を上げた。UEFA CUP決勝トーナメント1回戦2ndレグ。Villarreal対Zenitの一戦が、今まさに始まる。
<続く>
※お詫び
本文中に私の買ったチケットがバックスタンド側と書いておりますが、どうやらメインスタンド側だったようです。ここに訂正しておきます。
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by footle
| 2008-09-23 21:47
| en España